* 頑張る意味 *






「幸夜、今日はお疲れ様でした。これで明日の委員会のための十分な資料が出来上がりました」
「副委員長として当然の事だから気にするな」

幸夜はコーヒーを一口飲み、目を細め目の前にいる千里に少し微笑んだ。
幸夜の前にはコーヒー、千里の前には紅茶の入った白いティーカップが置かれている。
まだ来て間もないため湯気がたっていた。

二人は夕暮れの中、学校から少し離れたカフェの一番奥の席に向かい合って座っていた。
そこは隠れた名所と呼ばれ、今時のオシャレな雰囲気とは違って古風な感じをかもし出している店だった。
壁は木で作られ、風景画が途中飾られている。
温白色という夕方の日光のような少し黄色がかかった色が心を落ち着かせる。
そういう雰囲気が好きな人が良くここを訪れ、二人もたまにここ来る常連さんのようなものだ。 

「いえいえ、幸夜があのたくさんの資料の山から必要なのを見つけ、素早くまとめて頂いたおかげです。本当に超人みたいでしたよ、あの素早さは」

ニコニコしている千里の前に店員さんが紅茶と一緒に頼んだショートケーキを持ってきてくれた。
それを見て千里の口元がほころびていたのを幸夜はもちろん見逃さなかった。

「僕ももっともっと頑張らないといけませんね」

千里がショートケーキを一口分フォークで切り、それを口に含んだ。
「おいしい」と口に含んだまま短く感想を述べた。
そしてまたケーキを一口分に切って口の中に入れた。

「千里は十分頑張っているよ」
「いえ、幸夜に比べたら」

そんな他愛のない話をしているとふと幸夜が少し黙った。
その様子を心配した千里は幸夜の顔をマジマジと見つめた。

「どうして」

周りの人の話し声や店員さんの食器を片付ける音、店の中で静かに流れている音楽などがあったが、幸夜の小さな声はきちんと千里の耳に届いていた。
千里はケーキを食べるのを一時止め、フォークを少し口に入れて静かに幸夜の言葉を待った。

「どうして千里は保健委員長を選んだんだ?ましてや委員長。責任重大でストレスも溜まりやすい、そんな仕事を体の弱いお前にはあまり良くないと思う。俺にはお前の考えが理解できない」

攻めているのではなく、心から千里ことを心配していた。
それが目を見れば分かる程強い眼差しで千里を見ていた。
だが千里はキョトンとして顔で幸夜を見て、ふと目線を幸夜からまた目の前にあるショートケーキに戻した。
そしてフォークで苺をいじりながら話し始めた。

「さっき幸夜が言ったとおり僕は体が弱いです。ですからいつも治される方の立場で、はっきり言ってあまり良い気分ではありませんでした」

その話を聞いて幸夜は眉を下げて「千里」と一言呟いた瞬間、

「ですから、反対の立場になってみたいと思ったのです。それに幸夜が居てくれますし。あ、因みに委員長は少し大きなことをしてみたいという気分です。……そういえば幸夜は何故副委員長になったのですか?日頃から不思議に思っていたのですが。幸夜なら生徒会長もこなしそうですのに」
「お前がいるから」

あまりの即答と意外さに「え?」と口を半開きにして頬を赤くしていた。
それを見た幸夜は「分からなかったのか」と少し残念そうにしていた時、チラっと千里のショートケーキの苺が目に入った。
そして千里が大事に残していた苺を素手で掴んで一口で食べた。
千里は、それは目が点という言葉がピッタリ当てはまるほど驚いた顔をしたまま苺の最期を見ていた。
そして幸夜が苺を完全に飲み込んだ時にハッと我を取り戻した。

「……あ、あぁぁあ!酷いです、最後のお楽しみにとってあった苺を食べるなんて!ショートケーキは苺が命だって誰でも知っている知識なんですよ!!」
「残すから嫌いなのかと思って」
「そんな事あるわけないじゃないですか!」

幼い頃も、ふと意地悪心が芽生えた時に千里の苺を狙って食べたが、その時も同じような事を言って怒っていた。
そしてその時と変わらず目を潤ませながら幸夜に必死に講義していたが、幸夜は黙って自分のコーヒーを一杯飲んだ。

「ま、俺が目を話さないようにしないといけないな」そう心に刻んだ一日が過ぎようとしていた。


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