* 可愛い執事さん *






「おかえりなさい、お嬢様ぁ」

李音はニッコリと誰にも負けないくらいの笑顔で教室に入ってきた女性のお客さんを迎えた。
今日は年に1回の文化祭の日。
昨夜天気予報で降水確率を見ると50%だったので天候が心配だったが、今は晴れていてある生徒は先程まで「綿菓子がいっぱい」と感想を漏らすくらいのひつじ雲が並ぶ綺麗な空だった。
今年の李音たちのクラスの催し物は、執事喫茶に決まった。
男子校なだけに、やってみたいと思う人が多発し、その熱意が先生にも伝わったのか、はたまたある友人の仕業で実行できるようになったのかは誰も良くは知らない。

「では、僕がお嬢様たちを」
「おやおや、小さくて可愛い執事さんですね」

李音が女性達を席に案内しようとした瞬間、彼女達の後ろに白衣を着て長髪を一つに結んだ男性が入ってきた。
彼女達の視線は一気に李音から後ろの男性にいった。
そして李音もすぐにその男性に目を向けさらに笑顔になった。

「先生!着てくれたんだね」
「どうも、葉月君。来ましたけど今大丈夫ですか?」

李音は、先に入ってきた女性と五月を交互に見て困っていると後ろから自分達に近づいてくる足音が聞こえた。
すると李音の隣を通り過ぎて幸夜は女性達の前で立ち止まった。

「おかえりなさいませ、お嬢様。それでは私がお席にご案内いたします」

そして李音にしか聞こえない程度でメッセージを残した後、女性達を丁重に席に案内した。

“葉月、お前は先生の相手をしろ”

李音は心の中で幸夜に感謝の言葉を言うと、すぐに五月を窓の近くの席に案内した。
そこは丁度グラウンド全体が見渡せそうな位のいい位置だった。
そして少し慣れた手つきで李音は椅子を引いた。

「ありがとうございます」
「こちらがメニューになります。本日はシェフの特製クッキーがオススメです」

いつもの元気のいい李音ではなく、少し紳士的だと思わせる対応に五月は一人静かに失笑していた。
李音は首をかしげていたが気にせず話を続けた。

「えと、決まりましたらいつでもお申し付けください!」
「あ、それではコーヒーと先程言っていたクッキーをお願いします。砂糖とミルクは1つずつで」
「かしこまりました〜」

どこかに行きそうだった李音を引き止め注文をすると、先程まで紳士的だった顔がいきなりいつもの童顔に変わった。
その瞬間少し周りが騒がしくなったのを五月は李音に向けられたものだと気づいたが、李音は全く自分に向けられたものだと気づいていなかった。
そして李音が教室の端にあるしきりの向こうに行った後五月は改めて教室を見回した。
李音以外に働いているのは、保健委員長と副委員長の2人とクラスメイト5人の計8人で接客をしているようだった。

「先程から働いている長月君はクールな感じで人気、武中君は天然系のポーっとした感じで人気、葉月君はこの変わりようと可愛さで人気なのかな。んー、他の人は…」

と小さな声でボソボソと言いながら、頭の中で軽く整頓していた時に李音がコーヒーとクッキーを持ってやって来た。
「どうぞ」と一言言って新しく入って来たお客さんの所に行ってしまった。
五月は働いている李音の姿を観察しながら、ゆっくりとコーヒーとクッキーを味わって食べた。
そして20分程堪能した後李音を呼び会計を済ませた後、質問した。

「お持ち帰りは出来ますか?」
「クッキーなら出来ますよ、少しお待ちください」

李音がしきりの向こうに行こうとした瞬間、五月に手を掴まれ振り返ると五月の顔が近かった事に李音は驚いていた。

「君のお持ち帰り、なんだけど」

五月の真面目な顔に対して李音の頬が徐々に赤く染まっていきそれを隠すように顔を思いっきり横に振った。

「出来ません!」
「そうですか〜、残念です。ではまた来ますね」
「い、いいい行ってらっしゃいませ!」

五月は教室から出て行く際に手を後ろで組み上機嫌で鼻歌を歌っているようだった。
その後ろ姿を李音はまだ赤くなった顔のままボーっと見つめていた。
そしてその後千里に「お持ち帰りは出来ますよ」と言われたが、李音は理由を言わずに「できない」と否定し続けた―――。


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