* your feeling *






夏休み、そして、休み明けのテストも終って、一段落した頃。
俺たち舞陽生に、更なる課題がかせられる。
それはといえば…。
約二ヵ月後にある、文化祭という…体育祭と並ぶ大きな学校行事…。
俺たちの学校は、実際の売り買いができるようになっていて、露店のような店を出すクラスも多い。
が、しかし…。
俺たちのクラスは何故か…最終的に『執事喫茶』で落ち着いてしまった…。
…まぁ確かに。
他校生がくるってことは、女子もくるってことで…。
男子校に縛り付けられている一般男子の考えとなれば、なんとなくかっこつけたくなるのも分からないでもない…気がする…が…。
俺は女子が…他人が…他人に従うのが大嫌いな上に、変なコスプレまでさせられることになって…。
もういっそ、逃げてしまおうかとも思ったほどだ。
しかし、それもできないのは…。

「皆執事さんの服を着るんですね〜」
「あ、あぁ…」
「きっと幸夜は似合いますよ!」
「に、にあってもなぁ…」
「休憩は同じにしてもらって…一緒に校内まわりましょうね!」
「あぁ、もちろん…」

隣にいる千里を一人にすることなんて、絶対に無理だからだ。
まぁ、千里は料理ができるから、大体は厨房で…ってことになってはいるが…。
どうも心配だ…。
人が足りないとかいって、外に出されでもしてみろ。
千里の魅力に気付かないヤツなんていないはずだ…。
そうなったら、優しい千里のことだから、女子に誘われてそのままどっかに…なんてこともないと言い切れない…。
まぁ、本人はただ誘われたから一緒に行くって気持ちだろうけど…。
相手はそうじゃない場合があるからな…。

「なぁ千里」
「はい、なんですか?幸夜」
「絶対に、厨房から出ないように…」
「え?何故ですか?」
「いいから。人手が足りないって言われれも、他のヤツに頼むんだぞ?」
「…?分かりました…?」

実際人手が足りなくなるほど客がくるのかってのもあるが…。
一応俺のクラスは校内でも美男子揃いと結構な噂になってるからな…。
そういう噂ってもんはすぐに広がる。
油断は禁物だ。
本当に何故という顔で返事を返してくる千里に、俺は子どもに言い聞かすように話しを終えると、次の授業の準備にかかった。

* * *

それから二ヶ月。
いろいろあったが、唯一、衝撃的に覚えているのは、執事服の試着をした時…。
千里は…異常に似合っていた。
他の誰にも見せたくない、と思ってしまうくらい…。
当の本人はちょっと照れくさそうに、「似合わないですよね…」とか言ってたけど…。
その照れくさそうな顔も、ヤバイな…なんて思ってしまった。
そして、かなり不安になった…。
その不安を抱えたまま、今日という日を迎えてしまったんだが…。
案の定、客は開店時間から満員続きで、外に長い列ができてしまうほどだった。
そのほとんどが、制服を着た女子で…。

「あの子、ちょーかっこよくない!?」
「っていうか、レベル高すぎ!!!」
「あぁん、どの子にしようか迷っちゃう〜v」

などなど…。
まるでホストクラブの様な扱いだ。
しかも、執事喫茶ってことは、それなりに執事の口調というか…コスプレだけじゃなくて、なりきらなくちゃいけなくて…。

「あ、あの…長月くん!」
「…っち…」

執事のヤツラは皆名札をしていて、時々指名されるかのごとく名前を呼ばれる。
俺は、名前を呼ばれるたびに、聞えないようにばれない様に背中を向けた状態で舌打ちをした後、笑顔で振り返り…。

「どうなさいました、お嬢様?」
「…あ、あの、この、チーズケーキを二つ…いただける?」
「はい、かしこまりました…少々お待ちください」

そう言って厨房へと足を向ける。

「いやぁ〜ん、ちょーカッコイ〜イv」
「あんな彼氏がいたらなぁ…」
「長月くんの笑顔見ちゃった…!もう私死んでもいい…v」

などなど…。
四方から、いろんな声が聞えてくるが…まぁ、全く気にならない。
厨房に入り、千里が一生懸命働いてるとこを見ると、自然と、さっきの作られた笑顔とは違う、本当の微笑がこぼれる。

「千里、チーズケーキ二ついいか?」
「あ、はい…ちょっと待っててくださいね〜?」

千里は、俺の前に誰かに言われていたのだろう。
真剣な顔をして、カップに紅茶を注いでいた。
注ぎ終わると、そのカップをトレーの上に乗せる。
それを、クラスメイトの一人が、そそくさと持っていくのを見送って、俺は再度千里に視線を戻す。

今度は俺の頼んだチーズケーキにナイフを入れ始める。
と、その時。

「長月!客が呼んでるぜ?」
「あ、あぁ…」

クラスメイトにそう言われ、咄嗟に厨房から教室へと戻り、指し示された場所に座っている女性に話しかけに行く。
その後俺は、暫くこの20くらいの女性に付きっきりになった。
理由は簡単。
女性が諦めることなくずっと俺に、一緒に校内をまわろうといい続けたから。
俺が承諾しないと、そいつの周りにいる、友達らしきヤツラが、「いーじゃん少しくらいさぁ〜?」とか何とか言って、俺を逃がそうとしない。
そろそろ俺も本性が出そうになった頃―――。

「ちょ、見てあの子!」
「か…かわいい〜!」
「名前何ていうのかな?名札してないよね〜?」

俺のクラスで名札をするのは執事役のヤツラだけ…だから…なんなく嫌な予感はしたんだが、俺はゆっくりと振り返る。
そこには、さっき俺にチーズケーキを頼んできたヤツラのとこに、品を運び終えた千里が、ニッコリと微笑んでいるのが見えた。

「…千里…!」

皆に聞えないくらいの小さな声で、驚きを隠せずに名を呼ぶ。
その声が届くはずもなく、千里はさっきのヤツラにつかまったままだ。
俺は、自分の客なんてそっちのけで、千里の方に行こうとしたが…。
グッと引っ張られる感覚に驚いて振り返る。
女は俺の手を掴んで、逃がさないよとでも言いたげな顔をする。
しかし、俺がそんなのに負けるはずもなく…。
っていうか、この状況でこんなヤツにかまっていられるわけもなく。

「…離せよ…お前らと一緒にだぁ…?そんなこと俺がするわけねぇだろ?」

思いっきりイライラした顔でそう言うと、女たちは驚いた顔で、腕を掴んでいた手もすぐに離された。
俺は、手が離れた瞬間に千里の方へと向かう。
千里の横顔はかなり困っていますという顔をしていた。
そこで、千里と女たちの間に割り込んで、異常に優しい微笑を湛えた顔で、ゆっくりと優しく話しだす。

「お嬢様、申し訳ございません、お話しに割り込んでしまって…」
「え、あ、長月くん…v」
「このものは厨房担当になっておりまして…厨房に人手が足りなくなっているようなので、戻らせますが…よろしいですか?」
「あ、はい…スイマセン、厨房さんだったんですね…v」
「あ、いえいいんです」
「でわ、失礼します…」

千里はアタフタとして手を振り、いいんですいいんですと繰り返したが、俺はそんなのお構いなしに、千里の肩を掴んで厨房へと戻った。

「お前なぁ…あれほど厨房から出るなと言ったのに…」
「す、すいません…」
「まぁ、しょうがないけどさ…」

沈黙が続く。
その時、クラスメイトが一人入ってきて…。

「交代交代!休憩いってきなよ!」

そう言って、衣装を着替えに、隣の部屋に入っていった。
俺と千里は、二人で顔を見合わせて、厨房横の扉から外に出た。

「はぁ〜疲れた…」
「午後ももうちょっとですね〜」
「もぅいいや、このままふけちまいてぇ…」
「幸夜、それは僕が許しませんよ?」
「あはは、だろうな」

俺たちはゆっくりと露店を歩いた。
途中、座れる場所を見つけて、腰を下ろす。

「幸夜…」
「ん?」
「すいませんでした、約束…破ってしまって…」
「…それはもう、いいんだって…」
「それと、助けてくださって、ありがとうございます」
「あ、あぁ…」
「それより…何だか幸夜、女性の扱いに慣れてませんでした…?」
「ん?そうか…?」
「なんていうか、分からないんですが…」
「千里…」
「は、はい…!」
「俺はさ、昔から女って生きもんが嫌いなんだ…まぁ、母さんは嫌いじゃないが…あの、人のコト考えないで勝手にズバズバ物言ってきて、勝手に人の中に入ってこようとして、全部自分のものにしたがって…本当、うるさくってかなわんっていうか…」
「…?」
「まぁ、要するに嫌いなんだ…!それでさ、いつからか…気付いたら自分をつくって話すようになってた…それが一番、楽なんだって、本能的に気付いたんだろうな…」
「それで…あんな風に…?」
「そう…でも、効果抜群だっただろ?」
「…はい…!…僕、さっき厨房からはじめて出て、幸夜がなんだかすごく楽しそうに…でも、いつもと違う笑顔で女の人と話しているのを見て、少し、心が痛くなったんです…」

心が…痛い…?
それは、もしかして…

「千里、あいつらに嫉妬しちゃったのか…」
「…そう、かもしれないです…」
「お、素直だな〜?」
「か、か、からかわないでください!」
「あはは、悪い悪い…!」

千里は顔を真っ赤にして俺に訴えてくる。
そんな素直な反応がかわいくて…嬉しくて…俺は千里を一度ゆっくりと抱き込んで、すぐに体を離した。

「千里、俺はさ、嫌いなやつほど自分をつくって話す…本当の自分を見せても意味がないと思ってるから…けど、千里だけは…本当の俺を知っていてほしいから…千里の前では正直な俺しかいない…」
「…幸夜…」
「だからさ、千里も…俺に本当の千里を…全部見せてよ…お互いがお互いのモノになれるくらいに…」
「…僕は、幸夜に隠し事なんてしたことないです…それに、僕は自分をつくれるほど、器用じゃないんですよ…?」
「あはは…そっか…」
「でも…でも、幸夜には…僕の全てを知ってほしい…全てを、幸夜のものにしてほしい…」
「…嬉しいよ、千里…」

千里の頭を優しく撫でてやる。
千里はニッコリと、優しい微笑でかえしてくれた。
その後、俺たちは休憩をめいっぱいに使って文化祭を楽しんだ。
そろそろ休憩が終るという時間になって、渋々教室に戻ると、教室は異常な賑やかさで、帰るやいなやトレーを持たされた。
千里もすぐに厨房に戻されて、クラス全員で客を残さないようにと頑張った。
朝からやってきた2倍くらいは働いた気がする。
けれど、俺の心からも…きっと、千里の心からも…。
朝のような灰色の気持ちは、きれいさっぱりと無くなっていた―――。


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