* umbrella *






ある雨の日に李音は1人昇降口に立っていた。
だが、雨が降っているというのにどちらの手にも傘を持っておらず、鞄から傘を出そうという動作も無かった。

「通り雨だといいんだけどな…」

放課後1人残ってテスト勉強をしていたがあまりに集中しすぎて、雨が降っている事に気づかず今にあたる。
傘を持ってきていない李音はどうやって寮まで濡れずに帰ろうかと考えていると、聞きなれた声が後ろから聞こえてきた。

「おや、葉月君。今帰りですか?いいですね、生徒は」
「先生!丁度良かった、送って!!」

話を折られただけでなく、李音を送るという事にいきなりの事で五月は驚いていたが、手を口に当て少し考えた後、笑顔でOKをもらった。
雨の中、李音と五月は二人で一つの傘に入って歩いていた。

「先生…」
「どうかしたのですか?葉月君」
「折り畳み傘を2人で入るのは無理なんじゃ…」
「ほらほら葉月君。もっと近づかないと濡れてしまいますよ?唯でさえ折りたたみ傘でスペースが狭いのですから」

李音の話を中断しニコニコした顔で言ったが、実はこういうシチュエーションを予知していたんだという裏の顔にも見えた。

「(確かに外側の腕が濡れてるけど、これ以上近づくなんて、すっごい先生と近距離になっちゃうよ!うぅ…何か恥ずかしい。でもでも、これは神様がくれたチャンスなんだ!だけどなー…)」

一人で格闘し、悩んだ果てに出した答えは…。

「か、鞄だけ濡れなかったらいい!」

あぁ自分の度胸なし、と心の中で自分を叱り涙を流していた。

「葉月君は私に近づきたくないと…」

李音はすぐさま五月の方を見ると、雨で濡れた子犬のような眼差しで李音を見つめていた。
悪い事をした覚えがないのに良心が痛んだ。

「私は自惚れていました、葉月君に好かれていたなんて…」
「そんなことないよ!僕は先生が1番好きだよ!!」
「そうですか、そうですか。ではもっと近づいてください」

早い返事、そしてすごい笑顔…。
もしかして僕のこの言動を予測していたのではないかというくらいの様子だった。
もしかして五月の罠にハマったのでは、と思ったが…。

「先生だったらいいかも」
「何がいいのですか?」

さっきまで笑顔だった五月の顔がキョトンとした顔に変わり李音の顔を覗きこんできたが、李音は何でも無いと言い五月の方に近づいた。
その後、傘のおかげでいつもより距離が近く、まるで恋人同士みたいな感じがした。
それを嬉しいとも思ったが、恥ずかしいという気持ちもあった。

「葉月君、腕濡れてますね。もう少し」

そういうと五月は李音の肩を触り、自分の方へ寄せた。
そして何事も無かったように肩に手を置いたまま歩いた。
最初李音は自分の身に何が起こっているのか分からなかったのか目が点になっていたが、自分の状況がどうなっているのか理解したのか、顔がどんどん赤くなっていった。
だが、さっきのように多少拒否することなく黙っていた。
そしてほんの少し黙ってい歩いていた間に寮に着いていた。
学校の敷地内とはいえ、あまりに二人でいる時間が短く感じたのかお互い名残惜しそうだった。

「それではきちんと寮まで送りましたよ」
「うん。アリガト!あの…先生」

李音は少し間をおいた後、いきなり真顔になって…。

「他の子にはこんな事しちゃ絶対、ぜーったいダメ、だからね」

李音は強い口調で、頬を膨らませながら言った。
五月は苦笑しながら「分かりました」と返事をした。
それが安心したのか、笑顔に変わり寮の中に入って行き五月は李音が見えなくなるまでずっと見ていた。

「多少濡れましたが、やはり折り畳み傘の方が楽しいですね」

本当は保健室にはもう1本、普通の大きさの傘を持っていたがあえて折り畳み傘で李音を送ったのだ。

「たまには、いつもみたいに元気な葉月君じゃなくて、照れて可愛い葉月君も見たいものですね」

ボソッと言った後、回れ右をして再び今来た道を戻っていった。
五月が雨の中歩いている間李音は、部屋に戻るまでずっと鼻歌を歌っていた。

「今度また雨が降りそうだったら、忘れようかな」

そう呟き、自分の部屋のドアを開けた。
肩の半分は雨で濡れていたが、五月に触れられた方だったのでそこまで寒くなく寧ろ心地よいくらいの冷たさだった。


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