* embrace *






「綾斗〜」
「ん?」

HRが終ってすぐ、陽介が俺のところにきた。
なんだか少し、不安そうな顔をして…。

「どうした?」
「あのさ、俺、今から担任に呼ばれてるんだけど…」
「あぁ、じゃぁ先に帰ってるよ」
「え、ま、マジ?一緒に行こうぜ!それか、ちょっと待っててくれれば…」
「お前、俺がまた迷うと思ってるだろ…?」

陽介はすごく図星を付かれたという反応をする。
いつもは笑顔で反応とかもすっごく分かりにくいくせに、こういう時だけすっごい顔にでるんだよな…。
にしても、いつまでも俺が寮棟にさえ行けないと思われているのは気にくわないな…。

「綾斗、俺の気持ちも…」
「陽介…」
「あ、綾斗、分かってくれ…」
「今日こそはお前を部屋で迎えてやるからな!」
「え、あぁ!綾斗!?」

売り言葉に買い言葉…というより、俺が一方的に買ったんだけど…。
そんなわけで、陽介の制止の言葉を無視しつつ、教室を出た。

* * *

「なんでだよ…」

教室を出て5分後。
俺は中庭に居た。
教室から寮までは、廊下を通るだけでいけるはずなのに…。
何故外に出てしまったんだろう…。
しかも、俺の目の前には、片隅に『舞陽高等学校』と書かれた門がある。
要するに、正門だ。
更にいえば、今は昼頃から降り始めた雨が、本格的に降り出していた。
どれだけ迷えばこういうことになるのか…なんて思いながらも、冷たい門にそっと触れた。
その時。

「キャン」
「へ?」
「キャンキャン」

その音が聞えた方向を向いてみると、小さなダンボールの中に、更に小さな子犬がいた。
寒さに震えながらも、俺の方に向かって一生懸命声をはりあげていた。

「お前、捨て犬か…?」
「キャンキャン」
「そりゃ、こんな所にいるんだからそうだよな…つっても、どうしたらいいんだ?えっと…」

このまま俺が連れまわしたところで、更に迷いに迷って終るに違いない。
しかも、雨の中傘も差さずに出てきてしまった俺は、子犬並みにぬれている。
とりあえずダンボールの蓋をして、子犬がなるべくぬれないようにする。
門のところに居てもらちがあかないので、とりあえず中庭の奥に進んでみることにした。

* * *

「綾斗…大丈夫かなぁ…心配だ…あー、やっぱりあの時無理矢理にでも連れてくるんだった!」

周りに人がいないのをいいことに、大声でそんなことを言いながら職員室に向かう。
職員室は、一階の、一番中庭がきれいに見える場所にある。
中庭の向こうに見える寮棟を見ながら、再度大声をはりあげる。

「早く済ませてさっさと探しに行こう…うん、それがいい…」

自己完結して、さっさと職員室に入ろうとした時。
もう一度寮棟の方を見て、ふと雨が降っていることに気付く。

「雨か…まさか、外に出てるなんてことはないと思うけど…ん?」

嫌な予感というものは、案外当ってしまうものだ。
ふと中庭で何かが動いているのを見つけて、その方向をジッと見る。
だんだんと近付いてくるその影は、それはそれは見覚えのある顔をしていた。

「綾斗…!」

もう開けようとしていたドアから手を離し、すぐ目の前の窓を開く。

「綾斗!あーやーとー!」

相当大きな声で叫ぶと、綾斗はすぐにコチラに気付いてホッとした顔をする。
傘を差していないところをみると、やはり迷ったのだろう。
しかし、それだけにしては何かおかしい…。
何だ?あのダンボール…。

「陽介、助かった…」

少し早足で近付いてきた綾斗は、すぐに俺のところに着いた。
そして、俺が疑問に思ったダンボールを目の前に出すと、俺に受け取る用に促した。

「何だ?これ…」
「それ、正門のところで見つけたんだ…どうしていいか分からないし、とりあえず泉先生にでも聞いてみようかと思って…」
「キャンキャン」
「ん?」
「あぁ、それ、イヌ」
「イヌ?」

ビシャビシャになった服で、顔をぬぐいながら、そんなことを言う綾斗に困惑しながらも、俺はダンボールを開けた。
そこには小さな子犬が、キラキラとした目を俺に向けて、震えていた。

「陽介、それ、頼んでいいか?」
「え、お前はどうするんだ?」
「寮に…っ…」

聞いておいてなんだが、俺は綾斗の口を手で塞いでしまった。
綾斗はポカンとした顔で、俺の方を見る。

「あ、その…綾斗、やっぱり迷ったんだろ?」
「うっるさ…」
「教室では…俺の言い方が悪かった…その、確かに綾斗が迷うんじゃないかって心配したのはしたんだけど…」
「うん…」
「本当は…綾斗が迷って、それを助けた誰かと仲良くなるのが嫌だったんだ…」
「陽介…」

何だか恥ずかしくなって、綾斗の顔が見れずに下を向いていると…冷たいものに包まれた。
その冷たいものはだんだんと暖かくなり、気付くと目の前に綾斗の襟足があった。

「え、ちょ、綾斗!?」
「あ、わっ、ごめ!」

俺の言葉に正気を取り戻した綾斗が、すっと俺から離れていく。

「あ、や、その…」

顔を赤らめながら、しどろもどろになっている綾斗を見ていると、何だか離してしまったのが惜しくなってくる。
抱きしめたくなる…。

「とりあえず、すぐそっちに行くから、そこで待ってろよ?」
「あ、あぁ…」

もう一度ダンボールを綾斗に持たせて、昇降口へと走る。
その間、早く部屋に帰って綾斗を抱きしめることしか、俺の頭の中にはなかった。


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