* friday *






「あ〜やと、帰ろうぜ」

いつもの笑顔といつも以上のテンションの高さで、いつものように俺を誘ってくる陽介。
少しだけ変に思いながらも、既に準備の整っていた俺は、鞄を持っていつものように無言でドアの方へと歩き出す。
陽介も、俺の後について教室を出た。
のんびりと廊下を歩きながら、軽い会話をする。

「今日もやっと一日が終るな〜」
「あぁ、金曜日は特に長く感じるから、本当やっとって感じだな…」
「なぁ綾斗」
「あ?」
「今からデートしようかv」
「…はぁ?」

突然のことだったが、俺も大分なれてきたのだろう。
通常の嫌そうな顔をしたまま返事ができるようになった。
しかし陽介もここは慣れっこだ。
俺の顔や声なんてそっちのけで、普通に会話を続ける。

「だって最近ずっと忙しくて綾斗と二人になる機会がなかったじゃん?」
「じゃん…?」
「だからたまには散歩も兼ねてデートでもと思ってさ〜」

散歩を兼ねる辺り、よく分からないが…。

「嫌だ。」
「えーなんでー?」
「なんででも」
「そんなこと言わないでさー、たまにはイチャイチャしようよ〜」
「イチャッ…!?」

こいつは何でこんなにも普通にこんなことが言えるのだろうか…。

「はぁ〜…」
「何だよー、そのおも〜い溜息は」
「何でもない…」

そう一言残して、そのまま寮棟の方へと歩き出そうとしたその時、後ろからそっと陽介の顔が俺の肩辺りに寄せられる。

「綾斗…」

ゾクッとするような低い声に、耳に息を吹きかけるように言われ、とっさに陽介の方を睨みつけた。
しかし、それが間違っていた。
陽介は、不敵な笑みを浮かべて俺を見ていた。
さも、俺の勝ちとでも言うように…。

「…あぁ〜もぅ!分かったよ、行けばいいんだろう、散歩!」
「やったっ、綾斗大好き〜」
「わぁ〜!抱きつくなぁ〜!」

結局俺は、陽介に勝てないんだ…。

* * *

あの後俺たちは各自部屋に戻って、着替えを済ませてから外に出た。
特に行くあてもなく、ぶらぶらと店の並んだ通りを歩いていた。
その時、陽介が突然ピタリと止まり、視線を一点に集中させる。

「陽介?」
「綾斗、あれ見てみろよ」
「あれ?」

とてつもなく楽しそうに言う陽介を横に、俺は怪訝な顔で指差された先を見る。
そこには、ペットショップがあり、ガラスケースの中には、まだ小さな子犬たちが並んでいた。

「なぁ、ちょっと入っていこうよ」
「はぁ?って、ちょっと待て!」

俺の制止も聞かずに、陽介は颯爽とペットショップの中へ入っていってしまった。
俺もそれに続いて、キョロキョロと何故か多少警戒しながら中に入る。
まぁ、こんなとこ知り合いに見られるのは、ちょっとばかり抵抗があるからな…。
しかし、そんな俺とは正反対に、周りのことなんてまったく気にせずに陽介はイヌと戯れ始めた。
店員らしき女性も、日常のことなのだろう。
イヌ好きのイケメンが来たくらいにしか思ってないようだった。
それにしても、あいつ、そんなにイヌが好きだったのか…?
陽介は一匹のイヌを抱き上げる。
そのイヌは、まだ子犬なのだろう、小さな瞳で陽介のことを見つめ、陽介はそれが堪らないのか、グッと抱きしめている。
店員さんと話しはじめた陽介の顔を、子犬がペロペロと舐める。
普通のこと…普通のことなのに…何故か、心が痛い…。

「陽介」
「ん?どうした、綾斗」

楽しそうな顔しやがって…。

「…帰るぞ」
「え、ちょ、ちょっと待っ」

陽介の制止の声を聞かずに、俺はどんどん歩いて店を出た。
振り返り際に見えたのは、困惑した表情の陽介と、店員の顔。
そして、あの子犬が陽介の腕から、店員の腕に渡るところ。

「…俺、何してんだよ…」
「…綾斗!」

急いで店から飛び出してきた陽介を無視して、覚えているまま、来た道を戻り始める。

「綾斗…?何、怒ってるんだ?」
「怒ってない」
「…怒ってるじゃん」
「…お前のことを、怒ってるんじゃない…」
「…ん?」

分からないといった顔で、首をかしげる陽介。
そりゃぁそうだろう…イヌとか店員とか…俺以外のヤツと楽しそうにしてるのが嫌だったなんて…、そんな風に無意識に嫉妬してる自分にイライラしてるなんて、俺しか分からない。
いや、わかってほしくない…。

「綾斗…」
「…」
「悪かった…」
「だから、お前が悪いんじゃないって…」
「でも、デートに誘ったの俺だし、俺一人で楽しんでたし…」

俺は、ふいに立ち止まって振り返る。

「…別に、お前が負い目を感じること、ないって…」

そういって俯き、再度前を向きなおすと、後ろから優しく大きな手が、俺の頭に触れる。
そのままわしゃわしゃと、大きなイヌでも撫でるかのように、俺の髪をグチャグチャにした。

「何だよ…」
「別にぃ〜v」

いつもの顔より数倍楽しそうな顔で答えられ、俺の心の中を読まれたような…そんな感じがして多少頭にきたが…まぁ、ここは俺も大人だ。
頭にのせられたままの手を払いのけ、さっさと歩き出す。
すると、陽介も今なら何をしても大丈夫だと悟ったのか、俺の手を握ってきた。

「なっ!」
「今日は、手繋いで帰ろうか〜v」
「ちょ、嫌だ!放せ!」
「い〜やっv」

グッと強く握られた手は、寮に帰るまで放されることはなかった。
そのお陰で、寮に帰る頃には、俺は精神的に参っていた…。


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