文化祭も近付いてきて、バタバタとした毎日を過ごしたいた。 やっと恋人になったばかりの俺たちも、2人のゆっくりとした時間がなかなかとれなかった。 そんな中、俺はなんとか千里の日曜日の半日を獲得することに成功した。 「早くこないかなぁ…」 今日は日曜、公園で待ち合わせをしていて、まだ千里はきていない。 と言っても、俺が張り切りすぎて、待ち合わせの1時間近く前に出てきてしまったせいだが…。 とりあえずベンチに座り、暖かい日差しを受けながら、ウトウトとしていた。 そして、今日何度見たか分からない時計を再度見た。 その時、背後で"ガサリ"と何かが動く音がした。 「ん?千里?」 振り返った瞬間目に入ったのは、フリフリとリボンがいっぱいついた、薄いピンク中心のメイド服のようなものを着た、千里だった。 千里は俺に気付くと、すぐに後ろを向いて走り出した。 「ちょ、ま、千里!」 体力でも、走力でも、俺の方が上のはずなのに…追いつかない。 千里は最初の1回コチラを見てから、一度も振り向かず、無我夢中に走っている。 しかも、一言も話してはくれない。 「千里、何で逃げるだ!千里!」 全速力で走っているはずなのに、千里の姿はだんだんと離れていく。 「千里、俺だ、幸夜だ!」 「嘘…あなたはウサギ…僕は今急いでいるんです、あなたの変わりにパーティに出なくちゃいけないんです」 「何をわけの分からない…!」 ウサギ、そう言われて気付いた、頭の上に何か乗っている…いや、生えてる…? そっと頭に触れてみると、そこにはふわりとした柔らかい耳が生えていた。 「何だこれ!?耳!?」 ウサギ…?どいいうことだ、それに千里のあの格好…もしかしてこれは夢か? でも、どんな夢なんだよ…ウサギに…フリフリの服…それにパーティ…それじゃぁあの子って…。 「アリス…」 「…ぇ…」 アリスと呼ばれた、千里そっくりの男の子は、ゆっくりと速度を落として、そのうちピタリと停まった。 しかし、俺の知っているアリスの物語ってのはすっごい断片的で…アリスとウサギと女王様と、変なネコがでてきて…今の俺たちと逆で、ウサギが追いかけられるってのは知ってるんだが…あぁ、後何だか穴に落ちることくらい…それ以外よく知らない。 何で俺はこんな夢を見ているんだ…? 早く冷めてしまえ…。 千里のすぐ近くまで近寄ると、千里の目の前に穴があることに気付いた。 「ねぇ、ウサギさんは、僕があなに落ちた後どうなったか知ってる?」 「へ…?」 知らない、そんなこと。 本を読むのは好きだが、そういう物語というか、そういうのはまったく読まないからな。 まぁ、悪い方向にいくことはないんだろうけど…。 「ねぇ、もしこの穴に2人一緒に落ちて、次に君が見た僕が、僕じゃなくなってたらどうする?」 「…どういうことだ?」 「これだけ高い穴だよ、いくらお話の世界でも、僕が生きてると思ってるの?」 「は?」 コイツは何を言ってるんだ? いや、でも…もしこれが俺の夢だとしたら、確かにありえる…。 しかも、昨日の夜親が見ていたドラマでは、主人公と恋人が、一緒になれないなら…とか言って崖から身投げしてたし…。 どんどん頭は悪い方向へと物事を考え出す。 たとえ夢だとしても、千里のそんな姿、見たくない…。 その時、千里の顔がいつもは見せることのない、嫌な微笑を見せた。 「試してみればいいんだよね…」 「え…!?」 気付いた時には、千里はコチラを向いたまま後ろに飛んでいた。 俺はいつもならありえない程の焦りで、千里に抱きつくように飛びついた。 ほんの数秒、落ちる感覚があって、すぐに全ての感覚が闇に飲み込まれていった。 * * * 身体を揺さぶられる感覚に、ゆっくりと目を開いた。 目の前には、いつものようにラフな格好をした千里が、心配そうな顔で俺を見ていた。 「千里…」 「よかった…幸夜うなされてたよ?大丈夫?」 「うなされて…?…って、うわっ!」 「な、何!?」 「い、いや、何でも…!」 ベンチに横になっているのに、頭に妙に柔らかい感触がするなと思いながら、だんだんと頭がはっきりしてきた時…。 千里に膝枕されていることに気付いて、飛び上がるように起きた。 頭にハテナマークが見えるほど、分からないという顔をしている千里に、さっきまでの夢のことを思い出して、ホッとする。 そして、その勢いに任せて、千里をグッと抱き寄せた。 「え!こ、幸夜…!?」 「スマン、理由は後で話すから…今は少しだけこのままで…」 「幸夜…」 「…千里…」 「…僕は、どこにも行かないよ…」 「え?」 「寝言でね、千里、行くな…って言ってた、だから…」 「そっか…」 この後、俺たちは充実した日曜日を過ごした。 千里を待っている間に見た夢の話しを昼食の時にしてやった。 千里は、笑いながら話しを聞いて…。 「僕はどこにも行かない…いや、行けない…のかな…」 なんていう少し意味深な言葉を残して、話しを終えてしまった。 それにしても、よく考えたらあれはある意味俺の妄想みたいなものだったんじゃないかと、恥ずかしくなった。 最近一緒にいる時間が短かったから、寂しかった…なんて言ってるようなもんだったんじゃないかと、話したあとで思いもしたが、千里が特に追求してこなかったので、そのままにしておくことにした。 "寂しかった…"って言葉は、文化祭が終ってから言うことにする。 2人の時間ができる時に、慰めてもらうために… |