「さてっと、今日の会議も終りましたし、明日は土曜日、後はのんびりできますね〜」 週末の喜びをかみしめながら、会議資料を持って、そそくさと職員室を出る。 保健室と職員室は同じ階にあるものの、職員室は教室棟の1階真ん中部分にあるが、保健室は部室棟の下、しかも、一番寮棟に近い奥にある。 一度角を曲がり、ふと保健室の方を見る。 そこには葉月くんが、赤くなり始めの空を見上げて、ボーっと佇んでいた。 「おや、葉月くん、お待たせしましたか?」 「あ、先生!」 呼びかけると、すぐにコチラに反応して、僕の方に走ってくる。 と、その時…。 「せんせ〜ぃ、っとと、わぁ!」 「ちょ、葉月くん、大丈夫ですか!?」 何もないところで足を絡ませて、顔面からおもいっきりこけてしまった。 「いったぁ…」 「ほら、顔あげてください…こんなに赤くなっちゃって…」 かけよって身体を起こしてやり、顔をあげさせる。 ぶつけたのであろう額はそれはそれは痛そうに赤くなってしまっていた。 額を撫でてやると、何だか違和感を感じ、そのまま手を額に押し付けていた。 「先生?」 「葉月くん、気分は悪くないですか?」 「ううん、別に?」 「それじゃぁ…だるいとかそんなのは…?」 「え?うぅん…確かに今日の朝からちょーっと身体がだるいかなー?でも、なんで?」 いつもと変わらない笑顔に、いつもと変わらない声…だけど、額にあてた手から伝わってきたのは、いつもとは違う、熱いほどの熱。 「葉月くん、とりあえず保健室行きましょうか」 「え、うん…って、えぇ!?」 そういって一歩を踏み出した時、僕は葉月くんの軽い身体をひょいと持ち上げた。 世にいう"お姫様抱っこ"ってヤツ…流石の葉月くんも、これは恥ずかしかったのか、僕の腕の中でジタバタと暴れはしたものの…結局保健室まで、そのままの状態で運ばれることになってしまった。 「あ、先生お帰りなさ…え、李音ちゃん、どうかしたんですか?」 「どーした千里…り、李音…!?」 「すいません、お疲れ様です、ちょっと体温計持ってきていただけますか?」 「あ、はい…!」 今日は本当なら3年C組の担当だったんですが…二人とも部長会でこれないとかで。 委員長の武中くんと副委員長の長月くんが代理で保健室に残ってくれていて、まぁ、それをいいことにお姫様抱っこなんてしてここまでつれてきちゃったわけなんですけど…。 保健室に入ると真っ先に一番近くのベットへと連れて行って、武中くんが持ってきてくれた体温計を葉月くんに手渡す。 「はい、もしかしたら…ですけど、熱があるかもしれませんので」 「え、う、うん…」 「武中くん、長月くん、ありがとうございました、葉月くんのことは僕に任せて置いてください」 「…あ、はい!よ、よろしくお願いします!」 葉月くんが体温計を受け取ったのを確認して、カーテンの向こう側で固まっているであろう二人に呼びかける。 二人は返事をするとすぐに保健室を出て、早めの足音をさせながら自分の部屋へと戻っていった。 「…先生…」 「はい、何ですか葉月くん?」 「い、いくらなんでもお姫様抱っこは恥ずかしいよ…」 「いやぁ、僕も焦ってしまって、すいません」 「…べ、別にいいけど…」 布団で顔を半分隠して、僕の方を見ながら恥ずかしそうに言う葉月くん。 これが素なんですから、怖いですよね…。 「さて、お薬とお水持ってきますから、ちょっと待っててくださいね」 「う、うん…」 このままここにいても理性が保てるか不安だったのもあり、そそくさとその場を離れる。 保健室のではなく、自分の鞄の中から取り出した薬と水を持って、保健室の小さな台所のようなところに行く。 ビニール袋に氷を入れて、口をしっかりと結ぶ。その時、ベットの方から"ピピピ"という音が聞えた。 薬と水、氷を持ってカーテンを開ける。 「熱、どれくらいありますか?」 「…8度3分…」 「ほら、結構あるじゃないですか、平熱高いんですか?よく平気でしたね…」 体温計を受け取って、葉月くんが身体を起こすのを手伝う。 薬と水を手渡して、飲み終わったコップを受け取る。 「さて、それじゃあもうちょっと寝ていてください」 「う、うん…」 「僕の仕事が終ったら、お部屋にお連れしますから…もちろん、肩をお貸しするだけですよ」 「…ぅっ…」 よほどお姫様抱っこが恥ずかしかったのか、葉月くんは、"肩を貸すだけ"という言葉に、何もいえなくなってしまう。 そんな姿も可愛くて、氷枕を置いて、身体を寝かせた後、優しく髪を撫でてあげると、恥ずかしそうに、だけど嬉しそうに顔をほころばせた。 * * * 1時間くらいして、残っていた仕事も全部片付いた頃、ふと気付くと外ももう暗くなり始めていた。 「さて、そろそろお部屋に連れて行ってあげないと…」 保健室の片付けを終らせて、自分の荷物もまとめ、鞄を背負う。 カーテンを開けると、赤い顔をして息が少し荒くなった葉月くんが、寝返りをうったところだった。 「ぐっすり寝ちゃってますね…仕方がない…」 「うぅん…」 「起きないでくださいよ…っと…」 ここまでぐっすり寝ていると、起こすもの何だか悪い気がして…だけど、ここに置いておくわけにもいかず、再度"お姫様抱っこ"をする。 なるべく起こさないようにゆっくりと歩いて葉月くんの部屋の前まで連れて行くと、丁度どこからか帰ってきた桐生くんと鉢合わせた。 「あれ?イズミンじゃん、どうしたの?」 「あ、桐生くん丁度よかった…僕の鞄の真ん中らへんにあるポケットに鍵が入ってるんだけど、それでここ開けてくれないか?」 「え、って、葉月じゃん…どうしたの?」 「事情は後で話すから」 「あぁ…え、っと鍵、鍵…これか?」 「うん、ついでにもうちょっと付き合ってくれるかな?」 「別にいっすよ?」 開けてもらった部屋に入り、桐生くんに布団を敷いてもらい、葉月くんを寝かせる。 静かにドアを閉めて、鍵を閉めると、二人でホッと溜息をつく。 「それで?葉月はどうしたんだ?」 「あ、あぁ…葉月くん熱があるんだけど、保健室で寝かせてたらさ、あんなにぐっすり寝ちゃって、起こすのかわいそうだなって思ってこうやって連れてきてあげたんだけど…桐生くん、本当助かった、ありがとう」 「そっか、あいつ熱が…いや、まぁ礼には及ばないっていうか…」 「後は僕が何とかするから、キミもそろそろ部屋に戻らないとでしょ?」 「あぁ、じゃぁまたな!イズミン!」 「はい、また」 桐生くんが部屋に戻った後、一度保健室に戻って、ベットの後片付け。 その後、再度葉月くんの部屋に戻って、保健室から持ってきた新しい氷枕を置いてやった。 「…ぅ、ん…?せん、せ…?」 「おや、起こしてしまいましたか?葉月くん、のどは乾いていませんか?」 「うぅん、大丈夫…」 「そうですか、じゃぁ僕はこれで、何かあったら電話してください」 そう言って立ち上がろうとした時、グッとズボンの裾を掴まれた。 「お願い…寝るまででいいから、ここにいて…」 「葉月くん…」 「お願い…」 掴まれた裾は離されることはなく、静かな部屋に、小さな切ない声が響いた。 僕はもちろんそのまま葉月くんを一人にすることなんてできずに…再度座りなおすと、優しく頭を撫でてニッコリと笑う。 「大丈夫です、僕はここにいますよ…安心して寝てください」 「うん…ありがとう、先生…」 大きな瞳がゆっくりと閉じられる。 数分後、すぐに小さな寝息をたてはじめた葉月くんの頭を優しく撫でる。 「…せん、せ…」 「ふふっ、夢の中にも僕をだしてくれるんですか…」 「…スー…」 「…僕は…ずっとキミを見守っています…例え、嫌われたとしても…」 自分でも、自分の独占欲の強さを恐ろしく思う。 でも、キミは僕を捨てはしないだろう…キミはそういう子だから…ずっと、一緒に…。 |